「イプシロン」基本形態で第3段のラムライン制御をやらない理由
イプシロン2号機の打ち上げ(撮影: 渡部韻)
宇宙航空研究開発機構(JAXA)は2016年12月20日、「イプシロン」ロケット2号機の打ち上げに成功した。この打ち上げは、イプシロンとしては2機目ではあるものの、3年前に打ち上げられた1号機(試験機)とは違い、ロケット機体に大きく改良を加え、打ち上げ能力の向上などを図った「強化型イプシロン」の初めての打ち上げとなった1。
打ち上げや強化型での改良点などについては、ハーバー・ビジネス・オンラインさんで書いた『「イプシロン」ロケット2号機、打ち上げ成功! 「ガンプラ」を目指す日本の固体ロケット』をご覧いただければと思う。今回は、打ち上げ前の2016年11月24日に行われた記者説明会で、イプシロンのプロマネを務める森田泰弘教授に伺った話について書いてみたい。
周知のとおり、イプシロンには「基本形態」と「オプション形態」という、大きく2つのタイプがある。基本形態は固体モーターのみの3段式ロケット。オプション形態は基本形態の固体3段式の上に、「ポスト・ブースト・ステージ」(PBS)と呼ばれる、小型の液体ロケット段を追加する。前者は今回「あらせ」を打ち上げた形態で、後者は「ひさき」を打ち上げた1号機で使われ、また2017年度中の打ち上げを予定している3号機でも使われる。
固体ロケットは一度点火すると推進薬がなくなるまで燃焼を止めることはできず、またスロットリング(推力の調整)もできず、さらに性能に個体差が出てしまうといった理由で、軌道投入精度がどうしても悪くなるという宿命を背負っている。そこで正確な軌道に投入しなければならない衛星の打ち上げではオプション形態を使い、臨機応変な制御が可能な液体ロケットのPBSによって、第3段の飛行までに生じた軌道の誤差を修正し、正確な軌道に衛星を送り込めるようにしている。
さらにこのPBSには、「ラムライン制御系」という姿勢制御機構も搭載されている23。イプシロンの第3段はスピン安定、つまり常に回転しながら飛ぶので、普通のスラスターなどは使えない。そこで、機体が1回スピンするごとにスラスターを短くプシュっと噴射することで、回転しながらでも姿勢制御ができる装置が搭載されており、これをラムライン制御系と呼ぶ。第3段の飛行中にこのラムライン制御を使うことで、あらかじめ軌道の誤差を少なくし、PBSでの修正量を少なくする、つまりPBSの推進剤を節約することができる。
――ではもし、PBSは積まず、基本形態にラムライン制御系のみを搭載すれば、軌道投入精度はオプション形態ほど良くないものの基本形態よりは良く、一方で打ち上げ能力は、基本形態より落ちるもののオプション形態よりは大きな、ちょうど中間の性能をもった形態ができるのではないだろうか。
こんな質問を、昨年11月24日に行われた記者説明会の後、森田教授に伺った。その答えは「可能だが、意味がない」というものだった。
まず、イプシロンは固体のみの基本形態でも、衛星側の要求どおりの軌道に投入することができる。もちろん多少の誤差は生じるものの、それほど大きく外すことはまずない。また、基本的に基本形態で打ち上げられるのは、多少軌道がズレてもミッションに支障のない衛星だったり、あるいはあらかじめ衛星側のスラスターで軌道修正することを前提にしていたりするので、多少の誤差でも問題にならないのだという。
もちろん、ミッションによっては多少の誤差さえも許されないものもある。たとえば3号機で打ち上げが予定されている「ASNARO-2」のような地球観測衛星は、太陽同期軌道という、高度や軌道傾斜角などの条件がきっちり定められている軌道に投入しなければならない。この場合、基本形態+ラムライン制御系だけの修正では不十分なので、PBSを使うことがが必須となる。
もっとも、技術的にはラムライン制御系のみ搭載する形態を造ることは可能なので、衛星側から要求があれば対応はできるという。ただ「そういう要求はまずないだろう」とのこと。つまり、基本形態を望むような衛星は多少の誤差を承知で乗るので、ラムライン制御系を搭載することによる多少のコスト・アップと性能低下を嫌うし、オプション形態を望むような衛星は、そもそもラムライン制御だけの修正では間に合わない、したがって、その中間性能のロケットは誰も望まないのだという。
そんな話を一通り伺った後、森田教授は最後に、「たとえるなら、基本形態はストライク・ゾーンのど真ん中に球を投げ込むことができますが、オプション形態は内角高めとか外角低めとかに狙って投げ込めます」と語った。
注意してもらいたいのは、「ストライク・ゾーンのど真ん中に」というところ。「ストライク・ゾーン内に」ではなく、そのど真ん中に入れられるというのである。
その言葉が、わかりやすさを優先した、やや不正確な”いわゆる例え話”ではなく、正真正銘言葉どおりの意味であることは、イプシロン2号機の打ち上げで証明されることになった。
「あらせ」は、計画では近地点高度219km(誤差±25km)、遠地点高度3万3200km(誤差±2000km)、軌道傾斜角31.4度の軌道に投入されることになっていた(誤差±2000kmというとすごく大きいように感じるが、今回のミッションではそれほど大きな数字というわけではない)。
それに対し、実際の打ち上げで投入された軌道は、近地点の誤差は-3.5km、遠地点の誤差は-1279km、傾斜角は誤差なしというものだった4。あらかじめ許容された範囲より、さらに誤差の小さな軌道、すなわち”ストライク・ゾーンのど真ん中”に、「あらせ」は投げ込まれたのである。
参考
- JAXA | イプシロンロケット2号機によるジオスペース探査衛星(ERG)の打上げ結果について
http://www.jaxa.jp/press/2016/12/20161220_epsilon2_j.html - ISAS | 第8回:イプシロンロケットの誘導制御系 / イプシロンロケットが拓く新しい世界
http://www.isas.jaxa.jp/j/column/epsilon/08.shtml - イプシロンロケットの開発及び打上げ準備状況
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu2/059/shiryo/__icsFiles/afieldfile/2013/04/19/1327888_04.pdf - イプシロンロケット2号機 打上げ後会見 – ニコニコ動画:GINZA
http://www.nicovideo.jp/watch/1482257243
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